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手紙:東野 圭吾
2008年6月10日 23:12 | コメント(1) | トラックバック(0)

先日、秋葉原で通りすがりの人を連続して7人も刺し殺した恐ろしい事件が起きました。

私は、その時営業ついでに偶然神田におりまして、アキバに行こうかなあなどと考えていましたが、休日のアキバは人混みがすごいので今度にしよう、ということで何となく延期したために今ここでパソコンの前に座っているこの幸せ。

ところで、この事件で思い出したのが最近読んだ東野圭吾の『手紙』です。

「強盗殺人犯の弟」というレッテルのために、自分は何も悪いことをしていないのに有形無形様々な差別に会い、疎まれ、避けられ、結果として夢や恋愛を諦めなければならず、差別と向かい合っていかなければならない、というお話です。ベストセラーなので沢山の方が読んでいるだろうという前提で、以下ネタバレモードで書きますので、未読の方はここでストップ。

通常、こうした凶悪な事件をニュースなどで見聞きした時に、よくその犯人の家族は「その怪物を育ててしまった加害者」として描かれがちですが、実際にはその事件により人生が一変してしまい、周りから白い目で見られ、遺族からは恨まれ、場合によっては以後何代にもわたって後ろ指をさされて生きていかなければならないという意味で、「被害者」としての側面が多分にあります。

このアキバの殺人犯の家族にも当然事件に対して直接の責任は無いわけなのですが、もしこの家族が自分の身近にいたら、ものすごく友達になりたいかというとそうではなく、むしろ無意識的にでも距離を置いてしまう人が多いはずです。本書の中でもこの状態を「普通の人間が取る(当然の)自衛的な行動」として描いており、そして、この家族に対する差別的な扱いこそが、罪を犯した本人への罰の一つになっていると解釈しています。このように考えたことはありませんでしたが、確かに自分のせいで家族が辛い目にあっていると思ったらやりきれない思いでしょうし、自分はなんてことをしてしまったのだろうと反省もするでしょう。でも、とばっちりを受ける家族の方はたまったもんではありません。

繰り返すようですが、家族に責任はありません。親の教育がどうのこうのという人もおり、一部では幼児期に虐待を行ったせいであるなどと報道されているようですが、それは人を殺すことと直接関係ありません。(事実であれば、もちろんその境遇に同情はしますが)

結局、主人公は新しい自分の家族を守るために、ある意味自分のために罪を犯してしまった兄に対して、絶縁という苦渋の決断するわけですが、本当ならそこまでしなくても良いはずではないでしょうか。今後、このアキバの連続殺人犯と親・親戚との関係がどうなるかは分りませんが、社会的な制裁はあくまでも本人にのみ課されてしかるべきだと家事屋は考えます。

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カテゴリ: 家事屋の本棚


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コメント(1)

はじめまして。私も家事屋さんの意見に賛成です。東野の意見は説得力があり、納得させられるのですが、それでも差別は許すべきではない、と正論を言う必要があると思うのです。

私も「手紙」のレビューを書いています。よかったら読んでみてください。

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